【CPなし全年齢対象】スタルークが幼い日の兄との思い出を回想するお話です。幼少ブロディア兄弟のお話と申し上げましたが、原作エンディングから数年後のスタルークとオルテンシアが出てくる場面もあります。捏造設定がふんだんに盛り込まれています。何でも許せる人向け。
「お会いするのはずいぶんお久しぶりね、スタルーク王子。ええと……王弟殿下とお呼びするべきかしら?」
「ご無沙汰しています、オルテンシア王女。それなら、あなたのことは王妹殿下とお呼びしなくてはですね」
イルシオン王城内にある応接間にて、数年ぶりに対面を果たした若きブロディア王弟とイルシオン王妹はそんな挨拶を交わし、くすっと笑い合う。面倒だから今までどおりの呼び方でいいわね、とオルテンシアが口にし、そうですね、とスタルークも微笑んで同意する。
神竜リュールが新たな神竜王として即位し、ほどなくして彼らの兄と姉がそれぞれ新たなるブロディア国王、イルシオン国王として相次ぎ即位してから、2年の時が経とうとしていた。
「あなたがたびたびイルシオンを訪れて、復興に力を貸してくれていると話に聞いているわ。ブロディアだって大変なときなのに、申し訳ないわね。本当にありがとう」
「気にしないでください。戦災によるブロディア国内の被害は、イルシオンに比べれば少なかったですから。それに、イルシオンの復興は、わが国の益にもなると思っていますので」
ディアマンドがブロディア国王となってから、王弟スタルークは城内での書類仕事などを担う日々の合間を縫って時折イルシオンを訪れていた。最初の数回は、国を離れる余裕のない兄に代わって直々に話し合うための使者として。その際にイルシオン国内の惨状を改めて目の当たりにし、復興支援を申し出た。ブロディア国内で、ディアマンド王の打ち出した新たな国政の方針に賛同する若者たちを中心に使節団を結成し、スタルーク自ら彼らを率いてたびたびイルシオンへと渡った。被害に遭った土地を訪れては物資の支給や建物の解体、修繕、整備といった力仕事など、さまざまな支援活動に従事してきた。
この度の来訪でもそうした活動を行った後、帰国の前に状況の報告をかねてアイビー女王に謁見するためイルシオン王城を訪れたところ、久しぶりに少しゆっくり話でも、とオルテンシアから声がかかった。スタルークがたびたびイルシオンを訪れていたとはいえ、オルテンシアのほうは姉の即位後、学園生活に戻っていたこともあり、戦後にふたりは対面する機会がなかったのだ。
数年ぶりの対面とはいえ、かつて一時は命を預け合って戦場を駆け、拠点ソラネルでの暮らしをともにした旧知の仲だ。会えばすぐに打ち解けて、それぞれの戦後から現在までのあれこれや、神竜軍で過ごした日々の思い出話に花が咲く。
ひとしきり談笑した後、オルテンシアが切り出す。
「ところで、スタルーク王子は、明日ブロディアへ戻ると聞いているのだけど……」
「はい、そうです。明日、帰国する予定です」
「今夜はこのお城に泊まっていくのよね?」
「ええ。ありがたいことに、部屋を用意していただいています」
「よかった! それなら、今夜、私たちと一緒に城下町へ行かない?」
「えっ、こちらの城下町へ……ですか……?」
「ちょうど今日から、冬まつりが始まるの。イルシオンの伝統的なお祭りなのよ。だけど、戦後はしばらくお祭りどころではなくて、中止になっていて……、今年ようやく久しぶりに再開されるの」
「イルシオンの冬まつり……。たしか、雪景色の中に、たくさんのランタンを灯すのですよね?」
「あら、よく知っているわね! 見たことがあるの?」
「いえ。……昔、本で読んだことがあるんです。きっと、とても美しいのでしょうね」
「ええ。すごく綺麗なのよ。イルシオン復興に力を貸してくれているスタルーク王子にこそ、見てもらいたいと思って」
スタルークは微笑み、それから少し困ったような顔をする。
「僕としても見てみたいですが……その……、僕なんかが行くと迷惑になるのではないでしょうか……」
「……変わらないわね、あなたのその卑屈なところ」
「いえ、僕個人がお祭り向きの陽気な人間でないのももちろんですが、そうではなくて……。おそらくイルシオンの民には、ブロディアを受け入れ難く感じている方がまだまだ多いかと思います。せっかく久しぶりの楽しいお祭りなのに、ブロディア王族の僕が行けば、皆さんを不快な気持ちにさせてしまうのではないでしょうか……」
実際、復興支援のためにたびたびイルシオンを訪れるスタルークに、憎悪の感情を隠そうともしないイルシオンの民も少なくない。通りがかりにひどい罵り言葉や――ときには物を、投げつけられることもあった。
「……戦争で大切な人を喪う悲しみとか、やり場のない怒りや悔しさは、そう簡単に消えるものではありませんから」
「それは、……もちろんわかるけど。でも、戦争はもう終わったのよ。イルシオンとブロディアはこれから新たな友好関係を築いていく。そのためには、お互いの国をもっと知ることから始めるべきだわ。そう思わない?」
オルテンシアの真っ直ぐな視線を受け止め、スタルークはしばし黙り込み、それから静かに頷く。
「そうですね。僕もそう思います。僕もイルシオンをもっとよく知りたいし、皆さんにブロディアのことをもっと知ってもらいたいです。あの……、よければ使節団の皆にも冬まつりの様子を見せてあげたいのですが」
「もちろん歓迎するわ! 城下町の冬まつりは、王族も公式に訪れるのか慣わしなの。今年はブロディアから王弟率いる使節団も視察に来ていると伝えたら、きっとみんな誇らしく思うはずよ。イルシオンの冬まつりは、本当に綺麗なんだから!」
そんな風に話はまとまり、スタルーク一行はその夜、急遽、イルシオン城下町の冬まつりの視察へと招かれることとなった。
使節団の若者たちに今夜の予定を伝え、軽く打ち合わせを済ませると、スタルークは用意された部屋でひとり、出発までしばし休息の時間を迎えた。
雪のちらつく窓の外を眺め、静かに物思いにふける。
(イルシオンの冬まつり……)
その言葉を聞いた瞬間、スタルークの脳裏にあざやかに思い起こされる一枚の絵があった。
遠い幼い日、真冬の昼下がりのひととき。なつかしい思い出が胸によみがえってくる。
(あの日も、外は雪が降っていましたね……)
窓の外、しんしんと雪が降り続けている。
大陸の北に位置するブロディア王国は概ね全土が寒冷な気候だ。真冬ともなれば雪の降る日も多い。それでも王都のあたりは国内では比較的穏やかな気候なのだが、その年は例年になく厳しい寒波に見舞われ、王城にも城下町にも雪が厚く降り積もっていた。
王城内の一画、王子たちの私室のそばに設けられた、王族たちが私的な時間を過ごすための居室。幼い第二王子が、窓辺に立って窓ガラスに顔を寄せ、窓の外の雪景色をじっと眺めている。スタルークにとって、生まれて初めて見るほどの大雪だった。窓から眺める見慣れた風景が雪で真っ白に覆われ、いつもとまるで違って見えることに驚き、心打たれたように熱心に見つめ続けている。
日中、この部屋で過ごすのは主に年若い二人の王子だ。大きな暖炉に火がくべられ、時折パチパチと薪がはぜる音が響く。暖炉のそばの長椅子では、第一王子ディアマンドがくつろいだようすで本をめくっている。
飽くことなく窓の外を眺め続けていたスタルークだったが、ガラス越しに伝わる冷気で体が冷えたのか、不意にくしゅん、と一つくしゃみを響かせた。それを耳にしたディアマンドは手元の本から顔を上げ、窓辺に立つ弟のほうへと目線を移す。
「スタルーク」
兄王子の呼びかけに、幼い弟王子は目を見開いてくるりと振り返る。
「そこは寒いだろう? こっちへおいで。私が本を読んであげよう」
「はい、あにうえ!」
元気よく返事をすると、スタルークは笑顔になって兄のそばへと駆け寄った。
「さて、では、今日は何の本を読もうか。スタルークの好きな本を選ぶといい」
王城内には蔵書を納めた書庫や王族たちのための書斎もあるが、それらとは別に、こちらの居室にも書架が設けられ、主に王子たちの教養や娯楽のために用意された書物が並べられている。子どもにも手に取りやすい平易な書物を選んで置いてあるのだが、そうは言っても、ようやく少し読み書きを覚え始めたばかりの弟王子にはまだ一人で読み進められるものではない。兄や母に本を読み聞かせてもらう時間は、幼いスタルークにとって楽しみなひとときだった。
「どれでもいいのですか?」
「ああ。今日はこの雪だ。外には出られそうにないし、夕餉までたっぷりと時間がある。長い話でもかまわないぞ」
「じゃあ……、ぼく、あの、おまつりのほんをよんでほしいです!」
「ああ」
弟の返答にうなずき、ディアマンドは立ち上がって書架から一冊の大判の本を取り出すと、スタルークに差し出して見せる。
「この本でいいのだな?」
「はい!」
おまつりの本、とスタルークが呼んだのは、エレオス大陸各国の風土や文化、市井の民たちの暮らしの様子が綴られた本だ。聖地リトス出身の詩人が大陸の各地を旅した見聞を記したもので、散文詩のような文章とともに、精密に描かれた挿絵がいくつも収められている。美しい挿絵を眺めながら兄の読み聞かせてくれる言葉に耳を傾けていると、まるで大好きな兄とふたりで世界各地を旅しているような気分が味わえて、最近のスタルークにとって一番のお気に入りの本だ。
正確に言えば祭りだけを取り上げた本ではないのだが、各国の大きな祝祭の様子をそれぞれ見開きいっぱいに描いた挿絵は、その本の中でも特に印象深く見事なもので、幼いスタルークがこの本をお祭りの本だと認識するのも無理のないことだった。
実は、スタルークは先ごろ初めて、城下町の収穫祭にお忍びで連れ出してもらう経験をしたばかりだ。王城で開かれる華やかでかしこまった貴族社会の宴席とはまるで違う、賑やかで猥雑で、だけど心から楽しそうな笑い声や歌声であふれる祭りの雰囲気に、圧倒されながらも魅了された。民たちが幸せそうに笑っているのを見て、なぜだか自分もとてもうれしいような気持ちを感じた。そんな直近の経験もあって、近ごろではこの本が特に気に入っているのだった。
「さあ、では一緒に読もう。ここに座るといい」
自分の腿を示してディアマンドが促す。スタルークが少しはしゃいだように兄の脚の上にちょこんと腰を下ろすと、兄王子は弟にもよく見えるよう膝先に置いた本の表紙をめくり、読み上げ始める。
本のはじまりに記されるのは、フィレネ王国についての見聞だ。
ブロディアと国境を接するフィレネは、幼いスタルークにもなじみある隣国だ。つい先日も、かの国の女王にともなわれ王子、王女がブロディア王城を訪れ、挨拶をかわした。人見知りで引っ込み思案なスタルークは、自分からはあまり話しかけられなかったが、ディアマンドがフィレネについて投げかける質問に答えて、フィレネ王子と王女が自分たちの国について話すのを興味津々で聞いたのも記憶に新しい。
「――肥沃な国土を有するフィレネでは、四季折々さまざまな植物や農作物が芽吹き、花開き、実を結ぶ。特に、彩り豊かなたくさんの花が開花する春には、そこここの集落で花を愛でる祭りが催される。花祭りの日には、子どもたちは野花で編んだ冠や首飾りを身に着ける。大人たちは、自ら選んで手折ったとっておきの一輪の花を一番大切な人に贈るのだ」
色とりどりの花が咲き乱れる中、笑顔で花を贈り合う人々が描かれた絵を隅々まで見つめながら、兄の言葉に耳を傾けていたスタルークが、ふと気になったように兄の方を振り返って問いかける。
「いちばん……。たいせつなひと……ひとりだけ、ですか?」
「どうやらそのようだな」
その記述を読むディアマンドには、大人たちが花を贈り合うのがどういう意味なのかなんとなく理解できたが、まだ幼いスタルークにはわからない。
「ぼく……、ちちうえとははうえとあにうえ、おなじぐらいだいすきです。いちばん……きめられません……」
困り顔で訴える弟に、ディアマンドはなんと言って聞かせるべきか思案する。
「スタルーク。私もスタルークも、まだ子どもだ。本には、花を贈り合うのは大人たちだと書いてある。もし私たちが今、フィレネのお祭りに参加するなら、父上と母上が、大人同士で花を贈り合うのではないかな」
スタルークは、はっとした顔になって、こくんと頷く。
「おはなをおくるのは、おとなだけ……」
安心したような、それでいて少し残念そうな声をあげる弟の頭を撫でてやりながら、ディアマンドが語りかける。
「スタルークが誰に花を贈るか決めるのは、大人になったときの楽しみにとっておけばいい。子どもたちは、野花で編んだ冠や首飾りをつけると書いてある。私がスタルークの冠を作ってあげよう」
兄の言葉に、スタルークの表情がまた一転して明るく輝く。
「おはなのかんむり……! あにうえ、つくれるのですか!」
「ああ。母上に作って差し上げたこともあるぞ」
「すごいです! ははうえに……ぼくも、つくってさしあげたいです」
「そうか、なら春が来たら、スタルークにも作り方を教えてあげよう。ブロディアにも野花の咲くところはたくさんあるからね。いつかフィレネのお祭りに行くときのために練習しておこう」
「はい!」
フィレネの花の祭りが描かれたページをめくると、次の章の舞台はソルム王国に移る。フィレネよりまだ向こう、海の彼方にあるという砂漠の国のことは、読み聞かせてもらう本や、兄や父母が聞かせてくれる話の中でしか、スタルークはまだ知らない。
「ソルムはさばくのくに……。あにうえは、いってきたのでしょう?」
「ああ。行ったことがあるよ。とても暑かった。ブロディアの真夏の頃よりもずっと暑いんだ。砂漠は、海辺の砂浜が見渡す限りどこまでも続いているような風景だった。この絵を見ると思い出すな」
そう言ってディアマンドが指し示した挿絵には、広大な砂漠を長い長い列をなして進む隊商のようすが描かれている。それは城を発っていく兵団の行軍に少し似ているようで、それでいてまるで別物のようにも見えて、スタルークは物珍しそうに眺め続ける。
「――砂漠を往く隊商は、都市と各所に点在する街やオアシスの集落を結ぶように行商の旅をする。彼らが訪れて滞留する土地では、その期間、色とりどりの市が立ち、さまざまなものが売られ、旅の芸人たちが演奏や踊りを披露する。隊商が市を開くところへは、近隣から多くの人々が訪れて祭りのような賑わいを見せる。隊商は、砂漠と自由の国の各地に活気と祝祭を運んで廻る使者たちなのだ」
「たいしょう……」
ブロディアの夏よりもっと暑いという、白茶けた砂地がひたすらに広がる砂漠、点在するオアシスと集落、そこに隊商がやってきて立てる色とりどりの市。そのすべてがスタルークがいまだ見たことのない光景だ。
挿絵には、屋台にならんだ品物を手に取り買い物をする人たちや、音楽を奏で、踊る芸人たちなど、隊商が開く市場のにぎわいが描かれている。さまざまな品が並ぶ市の様子は、幼いスタルークにとって、ひときわ楽しく感じられるページだった。瞳を輝かせ、店先に並ぶ品々をちいさな指でたどって、一つずつ兄に説明を求める。見慣れぬ菓子や果物、陶器、装飾品、布や織物。兄が品物の名を告げるたび、スタルークも繰り返して口にしては、大きく頷いて改めて描かれた品を見つめる。
「あにうえ。たいしょうは、いつか、ブロディアにもきますか?」
「うん……? どうだろうな。異国からわが国へ行商に訪れる商人たちはいるが、ここに描かれている砂漠の隊商のような大人数ではないな……」
「ぼく、きてほしいです。とおいくにから、めずらしいものをたくさんもって、おまつりをつれてきたら……きっと、たみもよろこぶとおもいます」
「ああ、……そうだね。きっと、みんな喜ぶな」
幼い弟が口にした言葉に感心したように深く頷くと、ディアマンドはスタルークの小さな頭を優しく撫でてやる。
「いつか、来るといいな。そのときは、一緒に見に行こう」
「あにうえといっしょに? はい!」
スタルークは兄を見上げ、うれしそうに笑みを浮かべる。
「はやくこないかなぁ……」
待ち遠しそうにそうつぶやいて、再び挿絵に描かれた隊商が開く市の様子をまじまじと見つめる。
遠い砂漠の地を旅して巡る隊商が、いずれかの隣国を通り抜けてブロディアにまでやってくるなど、現実的にまずありえぬと年長のディアマンドにはわかっていた。しかし、城下町を訪れ、珍しい品々を売る露店を並べる砂漠の民たち、それを喜び、楽しむ自国の民たち。幼な子らしい弟の想像がとても好ましく思え、自分もそんな光景を見てみたいなと心から思ったのだった。
夢中になって挿絵を眺め続ける弟の頭をいま一度撫でてやってから、
「さて、それじゃあまた、続きを読もうか」
とディアマンドが語りかける。
「次はどの国の話だったか、覚えているか?」
問いかけに、スタルークは素早く振り返って兄と目を見交わす。
「つぎは、ブロディアです!」
目を輝かせ言い当てる弟に、ディアマンドは微笑んで頷く。
「ああ、そうだ。次はわが国、ブロディア王国だね」
いまだ見知らぬ異国の文化についての話を聴いたり、描かれた挿絵を眺めたりするのももちろん楽しいが、エレオスの国々の一つとして自国が語られる段となると、幼いスタルークだけでなく読み聞かせるディアマンドまでも、やはり心躍る。
ゴツゴツとした黒い岩山と、それを縫うように彩る赤い葉をつける樹々。国境からほど近い、深い深い谷に架かる巨大な橋。要塞のごとく堅牢な様相の王城。異国から訪れた旅人の視点で物珍しそうに語られるそれらはどれも、この国に生きる王子たちにとって日頃からよく見知った親しみ深い光景だ。
「――豊富な鉱石資源を有するブロディアでは、城下にも石造りの見事な建物が立ち並ぶ。そのつややかでどこか冷たい印象に反して、そこに暮らす人々はみな実直で情に厚く、異国からの旅人にもとても親切だ。木々の葉の色がいっそう赤く色づく秋には、寒冷な海で多くの魚が獲れる時期を迎え、山里では芋などの収穫期を迎える。海の幸と山の幸に恵まれるこの季節に、城下町では収穫を祝う大きな祭りが催される。高く澄んだ秋空の下、獲れたての芋や魚を調理して売る屋台が路上に立ち並び、人々は旬のものをほおばり、酒を飲み、歌い、語り合って笑い合うのだ」
ブロディアの民が善き人々で、異国からの旅人にも親切だと記されているのが幼な心にも誇らしくうれしい。祭りでにぎわう城下町の様子は、スタルークも先ごろ実際に目にした光景だ。楽しかったそのときを思い返すように、うっとりと挿絵を眺める。
「そとでたべたおさかな、すごくおいしかったです」
「ん? 祭りの日に外で食べたのか?」
「はい! ザフィーアがかってくれました。あっ……! これは、だれにもないしょでした……」
うっかりもらした言葉に、スタルークはあわてたように小さな手で自分の口を押さえた。
この秋、見聞のためにと幼いスタルークを城下町の祭りへ初めてお忍びで連れ出す役目を担ってくれたのは、父王からの信頼厚い王城仕えの女騎士だった。外の露店で調理されたものは衛生面に不安があるゆえ、幼い王子には食べさせないようにと言いつけられて出た。しかし、祭りの賑わいの中、焼き立てのいいにおいを漂わせる魚料理に目を奪われるスタルークを見て、「誰にも内緒ですよ」とその場でひとつ買って食べさせてくれたのだ。
「ぼくが、たべてみたいなっていったんです! ザフィーアをしからないで」
おろおろと泣きそうな顔で懇願する弟と目を合わせ、安心させるようにディアマンドは穏やかに微笑んでみせる。
「大丈夫。誰にも言わないよ」
「ほんとうですか?」
「ああ、約束する。私とスタルークとザフィーアだけの秘密にしよう」
「あにうえ……! ありがとうございます!」
「ザフィーアは漁村の生まれで、料理も得意だと聞く。売っている店や売られている品が信頼できると判断してのことだろう。屋台で売っている焼き魚、きっとおいしかったのだろうな。私も食べてみたいものだな」
「すごく、いいにおいがして、おいしかったです。あにうえも、ザフィーアにいえばきっとかってもらえます」
「そうだな。では私も、次に城下の祭りへ忍んでいくときは、ザフィーアに同行を頼むとしよう」
ささやかな秘密を共有した兄弟は、目と目を見かわすと悪戯っぽく笑い合う。
「あと何年かして、スタルークがもう少し大きくなる頃には、私がひとりでスタルークを連れて町へ出るぐらいは許されるようになるだろう。そうしたらふたりだけで城下町のお祭りへ行くのもきっと楽しいだろうな」
「ふたりだけで……?」
「ああ。そのときは内緒で露店の食べ物も買って食べような」
「えっ、たべてもいいのですか?」
「もちろん、二人だけの秘密だぞ」
しー、っと指を立てて唇にあて、おどけたように目配せしてみせる兄を見て、スタルークも同じ仕草をして小さく声をあげて笑う。
Illustration by 蔵
暖炉にくべられた薪がパチリ、と音を立てた。
「さて、続きを読もう。最後の国は、イルシオン王国だな」
「イルシオンおうこく……」
ブロディア王国のもう一つの隣国であるイルシオン王国は、スタルークにとってソルム王国よりなおよく知り得ぬ、ぼんやりと遠い印象の国だ。
ブロディアとイルシオンの国境近辺では、王子たちが生まれるはるか以前より何十年もの長きにわたり、互いに攻め入ったり攻め込まれたりの戦争が繰り返されている。いつ敵襲があってもおかしくないゆえ、幼い弟王子はいまだ自国内ですらイルシオン国境に程近い地域へは連れられて訪れたこともない。兄王子は戦地へ赴いた経験こそあるものの、敵国たる彼の国の文化や人々については、やはり書物や伝聞で得た知識があるのみだ。
幼いスタルークには、国と国が戦をする意味も、戦地で何が起きているのかも、まだ詳しく教えられてはいない。ただなんとなく、多くの大人たちがその隣国のことを嫌っていて、あまり語りたがらないのを幼な心に感じ取っていた。聞かせてもらえる話が少ないゆえに、この本で語られるイルシオン王国の様子は、スタルークにとってひときわ興味深く感じられるのだった。
「――邪竜を信仰する人々ならば、神竜信仰の我々とはまるで異なる暮らしなのかと思えば存外さにあらず。人々は我々とさほど変わらぬ日常を営み、暮らしている。身分にかかわらずすべての若き人たちが等しく学び舎で習うというこの国の民は、教養や技術を身に着けた思慮深い人々だ。
寒冷な土地を国土に有するイルシオンの冬は長く厳しい。人々は冬の間、暖かな屋内で多くの時間を過ごすが、年に一度の冬まつりの数日間は別だ。冬まつりでは、雪に覆われた城下町の街路にガラス細工で作られた無数のランタンが飾られる。冬の夜空の下、真っ白な雪に色とりどりの灯りが映し出され、雪明りでぼんやりとあたりが明るくなるようすは、この世のものとも思えぬ幻のような美しさだ。人々は寒空の下、毛皮をあしらった厚手の外套に身を包んで見物に訪れ、それぞれあたたかな食べ物や飲み物を手にしながら冬の祭りを楽しむのだ」
赤や青、緑、紫……無数のランタンの灯りに彩られる雪景色を描いた挿絵は、この本のたくさんの挿絵の中でも異彩を放つ幻想的な一枚だ。そのページを開く瞬間はいつも、幼いスタルークも読み聞かせるディアマンドも、揃って思わず息を呑み、目を奪われる。
「すごい……。きれいです」
「ああ。ほんとうに。きれいだな……」
ふたりしてしばらく黙って挿絵に描かれたイルシオンの冬まつりの様子に見入る。
「ゆき……」
スタルークは、先ほどまで外を眺めていた窓辺を指さす。
「ああ。今年は、このあたりもずいぶんとよく雪が降っているな」
「ゆきでまっしろになるけしきもきれいだけど、たくさんのあかりでてらしたら、きっと、もっともっときれいですね!」
それまでもこの挿絵を見るたび、その美しさに感嘆の声を上げていたスタルークだったが、どこか現実感のない空想の世界のようにとらえていた。しかし、まさに外で雪が降り積もるのを目の前で眺めていた後だけに、今初めて、描かれた光景がぐっと現実味を帯びて感じられるようだった。隣の国では、雪が降り積もる街中に色とりどりの灯りをともして照らす美しい祭りが、きっと実際に行われているのだと。
「ああ、みてみたいなあ……」
ぽつりとつぶやいてから、兄を仰ぎ見上げて笑顔で語りかける。
「いつか、いきたいですね」
弟の言葉に、ディアマンドはどう答えるべきか迷う。ほかの国とおなじように、イルシオンへもいつか二人で一緒に行こうと軽く口にするのは、幼い弟に対して不誠実な気がした。
「スタルーク……。私も、こんなに美しい祭りなら、実際に訪れて、この目で見てみたいものだと思う。だけど……イルシオンの冬まつりを一緒に見に行ける日が来るのかは、わからないんだ」
急に顔を翳らせた兄を見て、スタルークは不思議そうに首を傾げる。
「いけないの……ですか?」
「わが国とイルシオン王国は、長くいさかいを続けているから……、それが変わらない限り、残念だが私たちはイルシオンへお祭りの見物に行くことなどは到底できない。ブロディアの人々がイルシオンを嫌っているように、あちらの国の人たちも、ブロディアを――私たちを、憎んでいるだろうからね」
ひどく真面目な顔になって言い聞かせる兄の瞳から何かを感じとったのか、スタルークは神妙な顔をして頷く。
「あにうえも、イルシオンがきらいですか……?」
「……わからない。だけど、あの国がわが国の民の暮らしを脅かすなら、好きか嫌いかに関わらず戦わなくてはならないと思っている。民の幸せを守るのは、私たち王族の務めだ。わが国の誇る武力は、その大義のためにこそ行使するべきものだ」
「たみのしあわせをまもる……」
「スタルーク。城下町のお祭りの日、民たちはどんな様子だったか聞かせてくれるか?」
「ええと、おまつりにはたみたちがたくさん、たくさんいて……、みんな、ごきげんで、にこにこしていました」
「楽しそうだった?」
「はい! とてもたのしそうでした。ぼく、みんながにこにこしているから、おまつりがすきです」
「そうだね。私も、民が笑顔で幸せそうにしているのが好きだ。スタルークと同じ気持ちだよ」
兄も自分と同じ気持ちだと聞いて、スタルークの瞳がうれしそうに輝いて揺れる。
「だけど、たとえばもしも……もしも、民たちの食べるものが足りなくていつもお腹をすかせていたり、住む場所や着るものに困って寒い思いをしていたり、大事な家族が病気や怪我をしても薬が手に入らなかったり……、そんなふうになれば、みんな、笑顔ではいられなくなるだろう?」
幼いスタルークは眉根を寄せ、不安そうに兄の袖口をぎゅっと握りしめる。
「そんなことにならないように……、民たちが安心して暮らせるように――来年も、その次の年も、ずっと民たちが笑顔でお祭りを楽しめるように――豊かで安全な国であり続けるよう導いていくのが、私たちの務めなのだと思う。それが私の思う、民の幸せを守るということだ。わかるかな……」
スタルークは大きく見開いた瞳を数回しばたかせ少し考えるように黙って、それからこくんと頷いてみせる。
「ぼくも、たみのしあわせをまもりたいです」
「そうか。いい子だ」
ディアマンドは微笑んで、弟の頭を撫でてやる。
「なあ、スタルーク。本に描かれた4つの国の祭りの絵の中では、どの国の民も、皆とても幸せそうな笑顔だったな。フィレネも、ソルムも、ブロディアも……イルシオンも」
「はい! みんなにこにこしていて、うれしそうです」
「ブロディアだけではなく、きっとどの国の国王も、自国の民が幸せに暮らせる国であるようにと考えて国を治めているはずだよ」
「イルシオンも……?」
「……ああ。おそらく、イルシオンもそうだろう」
「みんなおなじきもちなのに、どうしてイルシオンとはなかよくできないのですか……?」
「それは……」
ディアマンドはつなぐ言葉を探すように、すこし黙り込む。
「たぶん、信じるものが違うから……。私たちの神様と、彼らの神様は、敵同士だから……」
歯切れ悪くそう口にして、また黙り込む。実年齢よりずいぶん大人びているものの、ディアマンドとてまだ齢15にも満たぬ少年だ。実のところ、戦争の理由を明確に説明できるほど完璧に理解しているとは言い難い。否、そもそも長年にわたって繰り返される戦争に、明言できる唯一つの理由など存在すると言えるだろうか。
「あにうえ……?」
考え込むように無言になった兄を、スタルークは不思議そうに首を傾げて見つめる。
「だけど……、たとえ信じる神様が違っても、民の幸せを願う気持ちが同じならば、いつかはスタルークの言うように国同士、仲良くすることもできるのかもしれない。まだわからないけれど……、争い奪い合う形ではなく、協力しあう形で、どちらの国の民も今よりもっと幸せになれるような、そんな方法もあるのかもしれない。
私は、今はまだまだ未熟で、無力な子どもだ。だけど大人になって、いつか王位を継ぐ日までにはまだ時間があるから……それまで、もっともっとたくさんのことを学んで、ずっと考え続けていくつもりだ」
途中から弟に語り聞かせるというより、半ば自分自身に言い聞かせるようにディアマンドは考えを口にしていた。急に真剣な目をして独り言のように難しい言葉を語り始めた兄を、スタルークもまた真剣な顔になって黙って見つめる。兄の言葉を、懸命に理解しようとするように。大まじめな顔で自分を見つめる幼い弟の可愛らしいようすを見て、ディアマンドはふっと表情を緩め、弟のやわらかな丸い頬を、指先で軽く突く。
「スタルーク。まだ約束はできないが、いつかもし、ブロディアとイルシオンとの戦争がなくなったら、そのときはきっと一緒に、イルシオンへ美しい冬の祭りを見に行こう」
「せんそうが、なくなったら……?」
「ああ。私は、そんな日が来れば良いと思っている」
きょとんとしている弟に優しく語りかけた後、ディアマンドは窓の向こうへと目線をやる。
どこか遠くを見つめるような兄のまなざしにつられたように、スタルークも窓の外へと目を向ける。
外ではまだまだ降りやむ気配もない雪が、しんしんと、しんしんと降り続けていた。
小高い丘陵の上にそびえ建つイルシオン王城の正門から城外へ出ると、正面には城下へと続く石造りの長い階段状の道が伸びている。
「どうぞ足元にお気をつけください」
暮れかかる冬空の下、松明を掲げたイルシオン王城仕えの若い兵士たちに先導され、イルシオン女王と王妹、招待客として同行することになったブロディア王弟と彼の率いる使節団の一行は、列をなして城下への道を下っていく。
階段の雪はきれいに除けられ道がつけられているが、彼らの歩む両脇には除けられた雪が高く積み上げられ、また、街路脇に並ぶ針葉樹にも雪が厚く積もり白く染まっている。
深い雪に覆われるイルシオンの冬景色はいつも、スタルークに忘れえぬ日の苦い記憶をよみがえらせる。あの日感じた焦り、父を喪った深い悲しみ、救えなかった後悔と無力感――それらの記憶がたかだか数年で消え去るはずもない。けれども、当時あれほど絶対に赦しがたい仇敵と見なし、煮えたぎるような怒りと憎しみを感じていたイルシオンの復興に、今は自らの意志で奔走しているのだ。
(不思議なものですね。……父上は、僕を赦してくださるでしょうか)
――死んだら死んだでどうにかなる。
――儂は信じているぞ、儂がいなくともこの国は平気だと。
イルシオンとの決戦に臨む前、父が口にした言葉を思い返し、スタルークはひとり静かに頷く。
城から下る道は、そのまま城下町の大通りへと続いている。足元に視線を落とし、しばし物思いに沈みながら無言で歩いていたスタルークに、オルテンシアが声をかける。
「ほら! 見えてきたわよ」
「あ……」
はっと顔を上げたスタルークの視界に、雪景色の中、色とりどりのランタンの灯りで彩られた美しい街並が飛び込んできた。幼い頃に大好きだった本で見た幻想的な光景が、今まさに目の前に広がっている。スタルークは目を見開き、しばし無心でその光景に見入る。
「これは……、想像していた以上に見事な美しさです……」
冷たく澄んだ冬の夜空を、無数のランタンの灯が輝いて彩る。街に並ぶ建物の屋根や軒、樹々に積もった白い雪にも、さまざまな色の光が映し出され、キラキラとやわらかな光を放っている。
後ろを歩むブロディア使節団の若者たちからも、口々に驚きと感嘆の声が湧きおこる。
「ね、すごく綺麗でしょう?」
「本当に……。圧倒されてしまうほど綺麗です。見られてうれしいです。お招きいただけてよかった……。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方よ。私たちもこの光景をまた見られる日が戻ってきてとてもうれしいの。あなた方は、戦争で被害を受けた城下町の建物や街路の修繕も手伝ってくださったと聞いているわ。本当にありがとう」
「いえ……、この美しいお祭りの再開に少しでも貢献できたのなら、僕たちもうれしいです」
そんな会話をしながら歩み、一行は城下町に到着する。遠くから眺めた光景も美しかったが、間近で見る雪景色と無数のランタンの灯はまた一段とまばゆく美しい。
王族一行の到着に集まってきた民衆の前に立って、アイビー女王が祭りの開催を歓び、民の幸福を願う旨の短い祝辞を述べる。それから、ブロディアからの招待客として王弟率いる使節団が視察のため同行している旨が伝えられた。スタルークは改めて招待に対する謝礼と祝辞を述べ、祭りの光景の美しさを讃える言葉を告げた後、深々とお辞儀をして見せる。聴衆からはどよめきと大きな拍手が湧き起こる。
城下町ではスタルークと使節団の若者たちが修繕や整備にひたむきに取り組む様子を目の当たりにした者や、スタルークの謙虚で優しい人柄に接する機会があった者、それを人づてに聞き知った者なども少なくない。無論、いまだブロディアに対して割り切れぬ想いを抱く者もいるには違いなかったが、少なくとも表立ってブロディアからの客人の存在に拒絶の声を上げる者は見られなかった。
「スタルーク王子、ランタンは露店で買って吊るすことができるのよ。私たちもランタンを買って灯しましょう」
「えっ? 僕もいいのですか……?」
「もちろんよ! あのね、冬まつりのランタンは、一つ一つにみんなの願いが込められたものなの」
「願い……?」
「ランタンに灯をともして吊るすときは、みんな叶えたい願いを心に強く祈るの。冬まつりは本来そういうお祭りなのよ。本には書いてなかったかしら?」
「書いてなかったと思います。……そもそも、イルシオンの方の書かれた本ではなかったですし。そうでしたか、知らなかった……。たくさんのランタンにはイルシオンの民たちの祈りが込められているのですね」
スタルークは色とりどりのランタンを改めて眺め、感心したようにうなずく。
「みんな、自分でランタンを手作りしたり、気に入ったランタンを選んで買ったりして、冬まつりの夜に願いを込めて明かりを灯すのよ。ほら、あそこの露店で手作りのランタンがいっぱい売られているわ。覗いてみましょ」
オルテンシアに引っ張られるようにして、スタルークはランタン売りの露店の前に立つ。
色硝子細工で作られたランタンはどれも繊細で凝った意匠のものばかりで、イルシオン王城やあの大教会で見た優美な硝子の飾り窓を思い起こさせる。
「これも素敵だし、こっちもかわいいし、迷うわね……」
真剣に品定めを始めたオルテンシアを横目に、スタルークもどれを手に取ろうかと眺め始める。
「あ、あの……、ブロディアの王子さま……」
店番をしていたまだあどけなさの残る少女が、スタルークに向かっておずおずと声をかける。
「あっ、はい!」
スタルークはすぐに屈みこみ、女の子と目線を合わせるようにして答える。
「なんでしょうか」
「あの……、これ……」
女の子は、露店の正面に掲げてある一つのランタンを指さす。それはこの店にたくさん並ぶランタンの中でも独特な、下側の半分にキラキラと輝く粉をまぶしたような、不思議な美しさの品だった。
「ああ……、これは、他のものとは少し趣が変わっていますね。とても素敵です」
スタルークの言葉を聞いて、女の子がうれしそうに笑みを浮かべる。
「これ、わたしが作ったんです。ブロディアから来た石を、使っているんです」
「えっ?」
思いもかけなかった言葉に驚いて、スタルークは改めて女の子が指さしたランタンを眺める。
「ブロディアから来るきれいな石はとても高価なものだけど、削って加工するときに出る小さい破片や粉は安く買えます。小さくてもキラキラしてきれいだから、ランタンに貼り付けてみたんです。きれいでしょう?」
「そうだったんですね。ええ、とても綺麗です」
言われてみればたしかに、表面にまぶした粉のように見えたものは、鉱石の破片のようだった。色硝子を通したやわらかな光が表面の細かな石の破片でキラキラと乱反射して、ほかのランタンとは少し違う光り方に見えた。
「教えてくれてありがとうございます。ブロディアの石を使ってくれて、とてもうれしいです。あの、これは売り物でしょうか? 僕が買っても良いですか?」
「はい! もちろんです!」
スタルークから品代を受け取ると、女の子は掲げてあったランタンを大事そうに取り外し、新しい燃料とともにスタルークに手渡した。二人のやりとりを見守っていたオルテンシアも、自ら選んだランタンを一つ指し示して買い取る。
「まさにあなたにお誂え向きのランタンがあって良かったわね」
「ええ、本当に。驚きました。輸出するようになったわが国の鉱石が、イルシオンの人たちにも知られ始めているのを感じられて、感慨深いです」
「さあ、じゃあ早速、灯をともして飾りにいきましょうか!」
「あっ、そうですよね。なんだか手放すのが惜しく思えてしまいますが……、灯をともしてこそですよね。あの、質問なのですが……、イルシオンの冬まつりは、数日間続くと、かつて読んだ本に書かれていた気がします」
「そうよ。3日間続くわ」
「この燃料は、3日間は持たないですよね?」
「ふふん。まあ、この燃料だけなら数時間で消えるわよね。でも大丈夫なの。冬まつりのランタンに入れる灯には、簡単な魔法をかけてあって3日間消えないようになっているのよ」
「このひとつひとつに魔法を……。なるほど、そうだったのですね、驚きました。さすが魔道の国ですね……!」
オルテンシアに導かれ、篝火から火種をもらって、スタルークも手にしたランタンに火を灯し、設けてある段に上がり、めぐらされた綱にしっかりと結びつける。
「ちゃんと願い事をした?」
「はい、ちゃんとしましたよ」
「何を願ったのか、聞いてもいいかしら?」
スタルークは微笑んでオルテンシアの目を見る。
「……たぶん、僕たちの願いは同じではないでしょうか?」
「えっ?」
「自国の……いえ、エレオス大陸の民が皆、幸せであるように。それから、ブロディアとイルシオンの友好関係が、これからずっと続いていくように……僕はそう願いました」
どの国の国王も、自国の民が幸せに暮らせる国であるようにと願っているはずだと、幼い自分に兄が語ってくれた言葉を思い返す。自分たちは国王ではないけれど、王族として、きっと気持ちは同じに違いない。スタルークは、そう確信していた。
「そうね……。同じなのね。まあ、あたしは、ほかにも個人的な願い事もしたけどね!」
スタルークは、ちょっと驚いた顔をして、それから、はにかんだように笑う。
「そうですか……。それも同じですね。実は僕も、個人的な願い事もひとつ、しました」
「えっ、どんな?」
「恥ずかしいので、そちらは内緒です」
「なあに、気になるわね! ふうん……まあ、別に詮索はしないであげるわ」
意味ありげな目をして悪戯っぽく笑ってみせるオルテンシアの視線を受け止めて、スタルークも無言で笑い返す。
遠いあの日、「約束はできないが、いつかイルシオンとの戦争がなくなったら、そのときはきっと一緒に、イルシオンへ美しい冬の祭りを見に行こう」と、兄は言った。そんな日が来ることを望んでいると。そして今、戦争はなくなったのだ。
あの頃の自分は幼すぎて、兄の語る言葉の意味はあまり理解できていなかった。けれど思い返せば、あのとき兄は確かに、「争い奪い合う形でなく、協力し合う形で、今よりもっと幸せになれるような、そんな方法もあるのかもしれない」と言っていた。大人になり王位を継ぐまでの間に、学び続け、考え続けていくつもりだと。
(あんなに幼い頃から、兄上はずっと見据えていらしたのですね、この未来を。……やはり兄上は、すごい御方です)
約束はしていないのだから、今、自分がここで願をかけておこう――次は兄と二人で必ず再びここへ、冬まつりを見に来ることができるように。遠い幼い日に、ふたりで本の中で見た光景を、夢見た未来を、大人になった今、現実として一緒に見ることができるように。
ひそかにそんな祈りもこめて、ランタンに灯をともし、掲げたスタルークだった。
イルシオンの硝子細工にブロディアの石の輝きも加わった新たな趣向のランタンが、澄んだ冬空の下、雪をあわく照らして美しく輝いていた。
Fin
あとがき
先日のWebイベント「スタふぇすた2」で、「好きなスタルークの台詞思いつくだけ挙げて語る」という雑文を展示しました。読んで字のごとく、好きな台詞を思いつくまま片っ端から挙げてその良さを語るという雑な企画だったのですが、私が真っ先に思いついて展示の冒頭で取り上げた台詞は、紋章士リーフとの絆会話で聞ける、次の台詞でした。
「民を守るのは僕の務めです。民は国の宝、国そのものですから」
王族キャラたちから、王族としての自認や覚悟がにじみ出て見えてくるような瞬間が、私は大大大好きなのですが、その最たるものはやはり、国を愛し民の幸せを何より優先する精神性を見せるときです。スタルークがこの台詞を建前やきれいごとで口にしたのでないことは、これに続くリーフとの会話で「僕みたいな石ころのこと、民はなんとも思っていませんよ」と語ることからも窺えます。純然たる奉仕の精神。騎士道精神と言ってもいい。
エンゲージの戦闘中、各国の王子王女たちが必殺を放つときの「フィレネのために!」「ブロディアのため…」「イルシオンのために」も大好きです。若き王族たちが戦う理由の一つはまさに自国のためなのだと伝わります。
世襲君主制の国において君主の子として生を受けた王子王女たちは、生まれ落ちたときから国を背負って生きることを宿命付けられた存在です。彼ら彼女らは特別な人間として生まれ、特別な人間として育つのです。何事においてもすべからくその時代、その国における一流のものに幼い頃から当たり前のように触れて育ち、優雅な所作や豊富な教養を自然と身につける。そんな中で、王族としての自らの立場を理解し、国のため、民のために生きるという考え方もまた自然と彼ら自身の中に根付き育っていくのでしょう。彼らにとって自らの立場、国のため果たすべき務めは自分自身と切り離すことなど不可能で、一個人としての自由な生は、ある意味で犠牲になっていると言えるかもしれません。
ディアマンドはカゲツに、スタルークはセアダスにそれぞれ、いろいろなところを旅する経験が羨ましい、自分は立場もあって自由に旅などできないから、と兄弟揃って同じことを語ります。
王族たる彼らはきっと、市井の民たちより余程さまざまな場所を訪れる機会に恵まれているはずです。神竜軍での戦いにおいてもエレオス全土を旅しているのだし、それ以前にも同盟を結んだ隣国を訪れる機会などもあったと思われます。ならぱ、彼らが口にする旅への憧れは、旅そのものというより、ただの一個人として、何にも縛られず心のおもむくままふらりと知らない土地を訪れられるような、いわば自由の身への渇望ではないかと思うのです。
このあたりは、ブロディア兄弟の生真面目な性格もおおいに関係ありそうです。実際、カゲツは立場を投げ出して故郷から出奔してきた名家の若様なわけだし、ソルム王子であるフォガートは過去にお忍びでリトスまでの船旅を楽しんだ経験があるようだし。一方でセアダスに「ブロディアの王子が国を飛び出して旅がしたい…なんて言い出したら責任を持てませんからね」と言われたスタルークは、「そ、そんな心配は無用ですよ。僕にそこまでの度胸はありませんから」と返しているのですよね。
兄弟ともに自らの立場や責任を真摯に受け止め、きっと片時たりと投げ出すつもりなどない。それは矜持を重んじる国の王子としての矜持とも言えるでしょう。けれど時には、自由気ままに旅する暮らしへの憧れをふと口にしたりもする。そんな若者らしさ、人間らしさを覗かせるところ、とても愛しいと私は感じています。
スタルークがイルシオン航路の船旅で笑みを浮かべてうれしそうにしていたり、セアダスの語る見知らぬ土地の話に心躍らせる様子だったりするのが年相応の少年らしくて大好きなのもあって、幼い日の兄弟にひとときの旅気分を味わわせてあげたいな、なんて思いながらこのお話を書きました。
世界各国を巡る旅に思いを馳せる子どもらしさと、幼いながらも王族として国を愛し、民の幸せこそ自らの喜びと感じる子どもらしからぬ精神性をもしっかりと持ちあわせている――幼少期のあの兄弟なら、きっとそんな感じだったのではないかなと思うのです。
今回のアナエンは「聖夜の宴」ということで、聖夜や冬をテーマに書くならどんなものが良いだろうか考えました。現パロならクリスマスもありでしょうが、神竜信仰や邪竜信仰の原作の世界線にはクリスマスはないでしょうから。だけど現代のイベント的なクリスマスっぽいものとして、アンナさんの故郷として語られるイルシオンの秘境、冬祭りの里のことがなんとなく頭にありました。たぶんあれは1年中クリスマスのお店みたいなイメージなのだろうと想像しておりまして。1年中冬祭りムードの場所があるとして、原型である年に一度の冬祭り、みたいなものもきっとあるのではないかな、ということで本作中の「イルシオンの冬まつり」を捏造しました。
ディアマンドの即位後、イルシオンにたびたび渡って復興支援に従事するスタルークが冬まつりの光景を目の当たりにし、幼い日の兄との思い出を回想する話にしよう、というのはそこからすぐにひらめきました。イルシオンの冬を取り上げるなら、フィレネの春、ソルムの夏、ブロディアの秋もあわせて入れようと思いました。エレオス大陸の4つの王国には、それぞれ最初に青・赤・緑・黄色を割り当ててわかりやすいよう区別したとニンドリのインタビューでISのディレクターさんがおっしゃっていましたが、そこからさらにそれぞれ四季のイメージも割り当てられたのではないかな、と私は常々感じていたので。
そんなわけで幼少期の兄王子が弟王子にエレオスの4つの国のお話を読み聞かせる回想の部分だけをまず最初に書き上げまして、前後の部分はオマケぐらいに軽く入れるつもりだったのですが、書いてみたらそっちもそれなりの分量になりまして「果たしてこれを幼少ブロディア兄弟の話と言ってよかったのだろうか……」と自問しております。けどまあ、幼少期の場面が自分的にこのお話の中心なのは間違いないですし、前後の部分も含めて自分では兄弟の大好きなところをぎゅっと詰め込めて、なかなか気に入っております。少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。
今回、この作品は展示作品として出すとともに、小説と挿絵の物々交換企画にも参加させていただきました。ありがたいことに、エンゲージのWebオンリーでいつも素敵な作品を拝見しては「こんな美麗な絵でこんなギャグ漫画を!?!?」と楽しませていただいている蔵さん(@Zou3Zz)とのマッチングをいただきました! これを書いている今は、どんな挿絵を描いてくださるのだろう、とめちゃめちゃ楽しみにしております。小説とともに、挿絵もどうぞじっくりとたっぷりと楽しんでくださいませ。
最後までお読みくださりありがとうございました。ピクリエのひとことポストやWaveboxを開放しております。ご感想、読んだよ報告や絵文字だけでも反応いただければとても喜びます。どうぞよろしくお願いいたします。
2025.12.6 マリー